#16「不可逆のネクローシス」
露天商にピンバッジを注文したのはダルだった。鈴羽のタイムマシンは過去にしか跳べず、1975年に行けばもう戻ってこられない――そのことを知ったダルは、父親が見つからなかった場合、ウソでも鈴羽を喜ばせようとピンバッジを注文しに来たのだった。やがてタイムマシンの修理が終わり、鈴羽との別れの時が迫る。そのとき、まゆりが唐突に「鈴羽の父親はダルである」と言いだす。父娘は予想外の形で再会を果たし、鈴羽は1975年へと旅立っていった。その後、ラボに戻った岡部は、訪ねてきた天王寺裕吾から一通の手紙を受け取る。差出人は10年前に他界した“橋田鈴”という女性で、天王寺の恩人だという。その手紙には橋田鈴、つまり鈴羽が、タイムマシンの修理が不十分だったために時間跳躍のショックで記憶喪失になり、そのせいでIBN5100を入手できなかったことが切々と綴られ、「こんな人生、無意味だった」と締めくくられていた。彼女の死因は自殺だった。鈴羽に不幸な結末をもたらした、タイムマシン故障の原因が雷雨の晩に送った鈴羽を引き止めるDメールにあると理解した岡部は、それを取り消すDメールを送る。こうして8月10日以降の鈴羽との思い出や父娘の邂逅をすべて犠牲にして、世界線は変動した。橋田鈴は新たな世界線においても10年前に他界していたが、死因は病死となっていた。そして、変動後のダイバージェンスメーターの数値は1%を超えておらず、β世界線には未だ到達していないが、8月13日の20時になってもラウンダーの襲撃はなく、まゆりは死なないままだった……果たして運命は変えられたのか?
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【用語1】 スズさんのお父さん
鈴羽が探していた父親バレル・タイターの正体は、まゆりによってダルであることが判明した。バレルが意味する「樽」と「ダル」の類似、未来で岡部とともにレジスタンス組織を創設したこと、2010年の秋葉原にいたこと、リーディングシュタイナーを知っていること……まゆりが語る根拠に最初は半信半疑のラボメンだったが、タイムマシンのボディに書かれていた機体名がダルのネーミングセンスそのものだった事が決め手となり、鈴羽は父親と時空を超えた再会を果たした。
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【用語2】 FG204
鈴羽が乗ってきたタイムマシンのボディに書かれていた機体名。FGとは「FutureGadget」の略称で、つまりは未来ガジェット204号機を意味する。正式名称は「FG204 2nd EDITION ver2.31」で、未来のダルが開発・命名したもの。なお、このタイムマシンは過去にしか時間跳躍できない。
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【用語3】 OSHM***A 2010
鈴羽が父の形見として、未来から持ってきたピンバッジに彫られていた文字。2010年の未来ガジェット研究所のラボメン――岡部、椎名、橋田、牧瀬、阿万音の5人のイニシャルを記したものであると思われる。だが、残り3つの「*」は何を表すのだろうか?
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【用語4】 橋田鈴
1975年に跳んだ鈴羽が名乗った姓名。最初の世界線ではダルの修理したタイムマシンが直りきっていなかったために、彼女はタイムトラベルの影響で記憶喪失になり、IBN5100の入手に失敗。2000年頃に記憶が戻り、未来を変えられなかったことに絶望して自殺した。橋田鈴が天王寺裕吾に残した手紙によって、岡部は雷雨の晩に自分に送ったDメールが無ければ鈴羽を引き留める事もなく、壊れる前のタイムマシンで彼女が無事1975年にたどり着ける事を悟り、そのDメールを取り消す。その結果、タイムトラベルは成功し、橋田鈴の死因は自殺から病死に再構築された。
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【用語5】 山手線
8月13日の晩、爆破テロ予告で不通になるはずの山手線は平常通りに運行していた。変動後の世界線では、8月10日に鈴羽が父親探しをあきらめて過去へ跳んだため、ラウンダーの襲撃から助けられることもない。しかし、夜20時を過ぎてもまゆりが死ぬことはなかった。久しぶりにラボには平穏な日常が戻ってきたが、ダイバージェンスが1%を超えたβ世界線にはまだ到達できていない……。